ああ駄目です。今日は駄目。先生、今日は書けません。眠いんです。いえ別に、変なお薬を飲んだわけではありませんけども、「書け」と言われて「はいわかりました」とそんな文章を、私はちっとも書きたいとは思えないのです。
面白かった、感動したなど言われて、有頂天になる私だとお思いですか。まさか。眠いのです。人を動かすのは人だとお思いなのですか、先生。たしかに、元巨人軍のホームラン王だったかしら、あの王選手でさえご自身のためではない、ファンの期待にこたえるためにあの大記録を成し遂げたのだとおっしゃっていましたが、ああ私はそれさえも本当かしら?と疑ってしまうのです。いいえ、こればっかりは眠いからではありません。
だってそうではありませんか?そんな、人の称賛を浴びるため、期待にこたえるために記録というものがあるのだとしたら、だったらあんな竹馬競争を熱心にやっている人や、あるいはペン回しに命をかけている人だとか、そうよ、大声コンテストなんてのはいったいどうなんですか。まさかあの、セロテープで豊満な胸を作るために研究を重ねた男性がいるなんてそんなのおかしい。矛盾があるとはありませんか。いいえまさか。
ああ眠い……それに私は、他人から賛同されることは大の苦手なんです。いいえ、そんな生易しい言葉で表現してはいけないのでしょうね。ええ、言います。はっきり言いますとも。憎んでいます。同意されることに吐き気さえ覚えます。悪寒がしてくるのです。ちがう、睡魔が襲ってきて、私をおかしくしているのかもしれません、恐怖です。同意されることは、まるで恐怖なんです。
先生だってご存じのはずでしょう?ホームルームの時間には私の意見に、誰も耳を傾けてくれなかった。あの教室の空気ほど、私にとって居心地の良いものはなかったんです。そうです温室でした。温かい毛布。何を言ってもいいんですもの、誰の顔色もうかがわなくていいんです。好き勝手言いまくればそれでいいの。こんなしあわせなことってあるかしら。それなのに今、私に同調する人間が、ああ、この世にいるなんて!
私は眠くて眠くておかしくなったのでしょうか。ああ、先生。私の発言に挙手をしてくれる人など、いてくれなくていいのです。そのたびに私は揺らぐのです。私は、まちがっているのか、と。眠いのです。
私が何か悪事を働くたびに、
「君を信じよう」
と口癖のようにおっしゃっていた宮坂先生のこと、覚えていらっしゃいますか?そうです、性交渉なしに子供を授かったなどと、中学二年生の私たちに向かって言ってのけたあの宮坂先生のことですよ。先生だってお笑いになるでしょう。私、気づいたんです。眠いのにこんなことに気付くなんてちょっとおかしいですね。でも、寝ますわよ。そう、あの言葉は、私を恐怖に陥れるためにそうおっしゃていたのではないかしら。無意識でしょうね、私ったら馬鹿だから、そんなことにも気付かなかったのね。ああもう限界です。先生、寝ます、私は寝ます。おやすみなさい、先生。
明日のこと?そんなのどうだっていいわ。
そもそも信頼する人間に向かって、何度も「君を信じよう」なんて言うかね?キミ。
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