昨日公開されて思わぬ反響を得ている
レモンパイめぐりの記事。
そこに私は初恋話を織りまぜる予定でいたが、あまりにも回想がヒートアップしてしまってやむなく全面的にカットした。
以下はその、初恋ストーリーである。
すっとばしてもらってもかまわないが、長年の読者へのプレゼンとして、この私でさえこんな初々しい(ほぼ一方的な)熱愛もあったのですよと発表の場を得たい。ご一読いただければマイファーストラブも浮かばれるというものです。
※記事中に掲載しきれなかったレモンパイ関連写真を載せます
小2のとき、私は、東京と呼ぶにはあまりにも田舎だった小平という町に越してきた。駅前は巨大な墓地とただただ白い建物だったスーパーの西友しかなかった。交通量の多い世田谷に住んでいた私にとって、この町のひと気のなさの原因は、犯罪(外出禁止令)かオカルト(宇宙人に拉致された)の二択しかなく、母に直訴してはシバかれていたのである。
そんな無人道路にも慣れたころ、駅前に喫茶店を併設したケーキ屋ができるというビッグニュースが飛び込んできた。小学3年生のときだ。
マクドナルドにも念入りに予定を組んで電車を乗り継ぎ行っていた時代のことだ。
小学生だった私たちはもちろん、大の大人まで毎日カウントダウンをしてその日を待っていた。
オープンを知らせるやたら派手なチラシはすでにボロボロになっていたが、割引でもあったのか、開店時の長蛇の列は老若男女みなその紙切れを持っていた。見たことのないすさまじい数、今でいうところのフェスである。
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そこで生まれて初めて食べたのがレモンパイだった。
我が家は和菓子派だったし、ケーキといえば父が買ってくるクリスマスケーキしか知らない。しかもあの生クリームが当時はなぜか苦手だった。
レモンパイ……? これは同じケーキだろうか?
歯で軽くサクッとしたら、すぐにシュッと溶ける、甘くはかない白いブツ…綿菓子でも生クリームでもないややコクのある風味。それでもくどいということはなく、全体的にサッパリとしている。何個でも食べられる!
小3の出合いをさかいにして、私はレモンパイの虜になってしまった。店の名は『アムール』。当時は知る由もないが、フランス語で「恋愛」じゃないか。たしかにあの熱の入れようは、恋に近いものがあった。
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オーバーだけれど短期集中というのか飽きるのも早い。レモンパイのことは忘れ去り、キョーミは本物の恋愛にシフトしていくことになる。
転校してきた小2から中3まで、ずっと追いかけまわしていた希望という名の男子がいた。アダナは「きぼっちょ」。気の毒なことに、私はほとんど毎日大声で告白し、学年中に吹聴し、ほかの追随をいっさい許さなかった。
おかげで何度かつきあっては離れ、つきあっては別れをくり返す、イタチごっこのような日々を7年も送ることになった。
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きぼっちょを家に呼んだのは小学5年生のときだ。「初めてアソビがボーイフレンドとして男の子を連れてくるぞー」ということで家族中でまいあがり、父は仕事を休んでアムールでケーキを買ってきた。小さかった弟もなにかを察してのれんの陰から私たちの動向を見守っていたような覚えがある。
大きなホールのショートケーキとレモンパイが1ピース。ぎこちない手付きでナイフを握り、イチゴが多く乗ったショートケーキをきぼっちょに取り分ける。
目の前には大好きなきぼっちょとレモンパイ。小学生の私には、永遠にしあわせが約束されたも同然だったのだが、ご存知のとおりそんなものはそう長くは続かないのが世の常だ。それにしても瞬く間だった。
母がお茶やケーキの残りを下げたあと、きぼっちょはテーブルを持ちあげて自分の前に立てかけたのだ。立ちふさがるテーブルの壁は見上げるほど高い。呆気にとられながらも私はたしかこう訊いたと思う。
「何してんの?」
要塞の向こうからきぼっちょが答える。
「バリア」
そのあとダッシュで逃げられて、小学校前の空き地で捕らえて聞いてみりゃ
「レモンパイ勝手に食べただろ。キライになった」
と容赦なく告げられた。実は彼も、レモンパイ大好きっ子だったのである。今でこそスイーツ男子などめずらしくもないが、当時は小学生とて言うのが憚れる風潮にあった。そんなことを平気でクチにする、周囲の目を気にしない彼が私は好きだった。そのきぼっちょに、バリアを張られるほどきらわれたのである。
本当に初恋の味だった。
いやまて考えてみれば食べ物に関してはいやしい男だった。
大人になって屋台のラーメンをいっしょに食べたときも、やたら私のメンマの量にこだわっていたからぜんぶくれてやったことがある。
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あの事件がきっかけとなったのかどうかは忘れたけれど、レモンパイとはキッチリと絶縁状態になり、私に残されたものはいよいよきぼっちょだけとなった。
先方のママと結託して、林間学校の服を勝手におそろいにしたり、二階の窓から侵入したり、返ってもこない交換日記を一方的にはじめてはブチきれて何度もやめたりと、とにかく毎日のようにいっしょにいたけれど、二人だけのデートはしたことがない。
そこで、アムールの登場である。レモンパイで釣るのだ。
あのテこのテで作戦を立てるのだが、毎回小さな野望は彼によって打ち砕かれる。
なんとか二人っきりで、近所の高校のお姉さんお兄さんみたいにお茶してみたい! と躍起になっていたが、おそらく玉砕したんだろう。これもまた一切記憶がない。
レモンパイの記事URLを同級生らにLINEしたら、
「記事読んだよ、レモンパイ食べながら"希望"とアムールしてくれ~」
と返ってきたので、当時の希望大作戦は多くの友人らを巻き込み、その記憶の片隅に「女はコワイ」とインプットさせてしまったようだ。
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毎日のように告白していたが、彼から思いを告げられたことは1度しかない。しかも「誰にも言うな」と念を押されたにもかかわらず、私は速攻でクラス中に発表してしまった。5分後には「ウソだった」と撤回されて発表会を催したことを猛省したけれど、こんな私でも自分がだまっていられる性格でないことなどわかっていた。ムリ。ぜったい言ってしまう。
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時がたち、同窓会で真相を突き止めようと試みたことがあるけれど、やっぱり徳光和夫みたいな笑顔で飄々とはぐらかされてしまった。今でこそこんな女はぜったいウザいとハッキリとわかるのだけど、それでも、コクられ撤回されたまでのあの5分間を私はいまだに信じている。なんというしつこさであろうか。
いまさら本音を聞いたところであのモーレツな勢いで独走した7年間は微動だにしない。
駅前のアムールは数年前になくなった。
きぼっちょも私もそれぞれ別の人と結婚した。
(女性恐怖症にならなかったことがなによりも幸いだ)
今にして思えば、セクハラ・嫌がらせ・ストーカー・名誉毀損・脅迫と、少なくとも五つの容疑で立件されてもおかしくはない。逆に考えれば地獄に近い。それを踏まえたうえで、生まれ変わっても、私はあの地でめざとくきぼっちょを見つけだし、成就しない追っかけをまたくりかえすだろう。
そのときにもまだレモンパイがあるといい。
神さま、来世でもまたレモンパイをよろしくお願いいたします。
こんな女子(とはひとめでわからない)に追いかけまわされたきぼっちょ、本当にお気の毒!
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2018/4/20