某日
ごはん処 大戸屋に初めて入ってから一年以上経っている。
料理人の心意気が見えないので、わたしはこのフランチャイズチェーンというのがどうも苦手で極力避けているのだった。けれどもあのときはお腹が空きすぎていた。元皇族サーヤの夫、黒田さんがここで黒酢あんかけを食べていたという下世話な記事も、わたしの背中を押したというか、大戸屋のドアを押した。
店内はブラックに統一されていて、テーブルの中央がハロゲンランプで照らされる仕掛けであった。しかしスポットライトを浴びるのはみそ漬け焼き魚の定食である。
注文はタブレット。これはわたしを混乱させた。さらに出てきた小鉢が大の苦手であるひじきであった。
切り身を細々と箸でつまんで用心したけれど、つぎつぎとノドに小骨が刺さっていく。ヤケクソで一気に口に入れ噛み砕く作戦にでてみたが、軟弱なわたしの歯はみそ漬けの魚にあっけなく敗北。たいへん遺憾ながら、人の目を盗んで咀嚼した魚の死体をまとめて紙ナプキンに吐き出し、すみやかにカバンの中にしまい込んだ。(そういえばあれはその後どうしたんだろう)
そんな初体験だった。
タブレットは老人にやさしくないと
藤原浩一に訴えたところ、
「ぼく、土屋さんが大戸屋に入るとこ見かけたことがあります」
と言う。
最初で最後であろう大戸屋記念を藤原に目撃されていたのもびっくりだが、声をかけてこない藤原もおかしいではないか。理由を聞いたら「ちょっと離れてたから」だそうだ。
わたしがとんかつ屋から藤原を見かけたときだって離れていた。店を飛びだして走って追いかけた。近距離になったら足を忍ばせ気配を消す。そして背後からひざカックンをしたのだった。
けれども藤原は微塵もおどろかなかった。微塵も、である。ゆっくりとふりかえり、「あ」とかなんとか言っていた。その一部始終を見ていたわたしの同行者の方がおどろいていた。
藤原はいつも冷静だ。そのあと同席し、わたしのリクエストにこたえてとんかつ屋でインシュリン注射を腹に打った。
やはり同行者たちはおどろいていた。
※大戸屋ディスではありません。2回目に行って感動したのでそのことを書こうとしたら長くなってしまった。よって次回につづく to be continued