【す】
『スルー力(りょく)』と『スリ』、どっちがいいかな……とTwitterで呟いたところ、完全にスル―された。ここはひとつ、「スルーにしろということだな?」と思い、今日は『スルー力』でいく。
思い悩んだり、ウジウジくよくよしてる友だちを、わたしはいつも一笑に付してきた。
「そんなこと、三回くらいどーでもいい、どーでもいい、どーでもいいって思えば、本当にどうでもよくなるよ」
と、長年言い続けてきた。思えばひどいコトをしてきたと思う。だけども実際にそうしてきたし、完全なるスルー力というものをわたしは身につけていた。なんでみんなできないんだろ?と、不思議な気持ちでいたものだった。
ところが、そうも言っていられなくなってきたのである。
スルーの女王だったわたしは、スルーのできない女になってしまった。最初のころは、更年期障害が影響している一過性のものだと思っていたが、どうもそうではないらしい。あのおかしな『どーでもいい呪文』を何度唱えたところで、どうでもよくないものはますますどうでもよくなくなっていくのだった。
これはしんどかった。なにしろ、どうでもよくない初体験である。46年間、ナニゴトにおいてもスル―し続けてきたために免疫がない。ひとつひとつの問題よりも、どうでもよくない自分に嫌気がさす。またそれをスル―する力を完全に見失っている。
じゃあ原因はなんだろう。
結論はまだでていないが、圧倒的な自信のなさが、わたしを蝕んでいるような気がする。これはもうどうしようもない。根本がひねくれているので、どこの誰にどんなにホメられようとも、何人たりともわたしに自信をとりもどさせるコトバなど持っていない。自分の中で、にょきにょきと、コンクリートを突破して生えてくる雑草のように自信がわいてくるのを、あるいはもうペシャンコになってしまうのを、静観して待つしかない。思っちゃたもんはしょーがないんだもの!
んじゃあ、このスルー力の欠如とどう対峙していこうかというときに、わたしはもう開きなおりましたね! 完全に!
あーそーだよ、わたしはスルー力がありませんよ!と、自分に向ってこれでもかと言いきかせる。以前はちがったのに……と、過去の自分に羨望のまなざしを向けるのはもうまっぴらだ。
スルー力は、文字にするとバズーカに似てる。わたしはこのスルー力のない自分をバズーカでぶっ放して、さらに強靭なスルー力をとりもどせるような気がしているし、そうでなくもまあしょうがないか、と思っている。あれ? もう、スル―しつつある?もしかして。
本日のオススメ本ですね。まだ買ってないし、本題とカンケーないけど。