【ま】負け犬
負け犬Tシャツを着て、このあと海にて溺れました。
老犬を連れて散歩のとちゅうだった。近所にある家の前を通り過ぎようとしていた。「バカ」とちいさく呼ぶと、しっぽを高速で振る犬のいる家だ。
これは、いつも前を通るたびに「バカ、バカ……」とひそかに声をかけるわたしの地道な努力の賜物であった。
だが、その日のバカ犬はちがっていた。
わたしに見向きもせず、チビのくせにその10倍はあろうかというウチの犬、ダイナマイト(アラスカンマラミュート犬)に牙をむきだし襲いかかってきたのである。いくらこっちが引き綱をみじかく持っても、犬もバカなら飼い主もバカで、なんだアレ、グイ~ンと伸びる引き綱をつけていたもんだから半野放しジョータイ。老いぼれて足腰が弱いダイナマイトはフイをつかれたために腰が抜けてしまったのである。
わたしはあわててバカ犬にチョークスリーパーをかけたが、そのキめワザにも興味をしめさず、老犬は二代目引田テンコウのようにスルリと首輪から抜けた。そしてわたしを一瞥してから、背を向けてひょこりひょこりと歩きだしてしまったのだ。
「なんだよー! やっちゃえよ」
一発ガブリとすればイチコロじゃねーか。
私の叫びむなしく、ダイナマイトは悠然と一人で我が家に向かっていた。通行人が恐れておおげさに道をあけている。この大きなカラダとココロにガタがきていることは、バカ犬には見抜けても人間様にはわからないらしい。ふーん……。
ダイナマイトな後ろ姿は、なんだかもうあまりにも絵になりすぎていてドラマチックでガツンときた。わたしはバカ犬のとなりで、それこそ腰が抜けたように座りこんで、彼が家に戻っていくのを呆然とながめていた。あの背中に乗って「早く歩け~歩け~!」ともう二度と言えないことにずっと気付かないフリをしていたわたしは、ズルいのかそうでないのかよくわからないし、バカ犬よりバカなのかどうかもよくわからなかった。
しばらくして、一人でバカ犬の家に行ってみた。
「アンタさあ、お年寄りは大切にしなきゃって知らないワケ?」
バカ犬はいつものようにシッポを振ってボッキしていた。
「バカだからわかんないか‥‥‥」
それから半年後、家族全員と近所の人たち15人で見守るなか、ダイナマイトは壮絶であたたかい死を遂げてしまった。
彼が負け犬だとは言わない。負け犬であるはずがない。
でもわたしは、いつまでも『負け犬』でありたいと思っている。
つい先日、友人に
「わたしねー。敗者でいたいんだよねー」
と言ったら、目をまんまるくして絶句された。うまく説明しようと思ったのだけれど、それができなかった。これはどう伝えればよかったんだろう。長考してみても、いまだによくわからない。じぶんでもよくわかってなくて、漠然とそう思ってるだけなのかもしれない。
勝者から敗者は見えないことが多いでしょう。全員がそうだとは言わないけれども、横か上以外、見えなくなってることが多いでしょう。わたしはそれを、なんとしても避けたい。
キャンキャンとわめき散らさない負け犬でいたいって思うのです。
ワオーーーーン。
本日のオススメ本
太宰の中でも、何回も吹き出した傑作「畜犬談」が収録されている。
「わたしは,犬に就いては自信がある。いつの日か,必ず喰いつかれるであろうという自信である」
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昨日今日のTwitterネタなど